ニッコマ卒のマネーブログ

とあるニッコマ生のマネーブログです。

江戸っ子は宵越しの銭は持たぬ

どうも笠ブロー!です

 

今年も色々と中途半端な状態で終わりそうですが皆さんはいかがでしょうか?

 

今年も終わる前にどうしてもというわけではないのですが、書きたいことを書いていこうかなと思っています。

 

まあタイトルにもありますが、

昔から、”江戸っ子は宵越しの銭は持たぬ”という言い回しがあります。

これを辞書で引くと、、、(出典:故事ことわざ辞典)

「宵越しの銭」とは、一夜持ち越す金のことをいう。
江戸の職人は、その日に稼いだ金はその日のうちに使ってしまい、貯めることを潔しとしないのだと、江戸っ子の金離れのよさを誇っていう言葉。江戸っ子のやせ我慢で言っているいうとも受け取れる。

とある。確かにこの解釈で間違っているわけではないのだが、ここには江戸固有の、独特でも確かに存在する深い理由があったとも考えられます。

 

まず、宵越しの銭は持たぬというと

「金に執着しない」

「貯めたりはしない」

という、

現代人から見たら、

゛なんて計画性の無い人達なんだ”

と思いそうな部分です。

 

「金に執着しない」ことのみであれば

かっこいいですが、

ただお金の使い方が荒いだけ

とも思われそうです。

 

しかし!江戸だからこその理由があります!

 

長屋文化とも言われていますが、

みんなが仲間で、

なにかあったら、みんなで助け合う

という考えが当たり前にあったのです。

 

言ってしまえば相互扶助の考えです。 

 

その銭を使えば、誰かの為になる

という気持ちもあったと考えられます。

自分がお金を使えばどこかが潤う、そういう考えが着実にあったわけです。 

 

つまり、言葉に秘められた一番の理由は、

「銭を貯めていても意味がなかった」

からなのです。

(一昔前、麻生太郎「金は使わなきゃ何の意味もない。さらに貯めてどうするんです?」なんて言ってたのをなぜか思い出しましたが、、、)

 

互いを信用するのが当たり前の

文化だったと言いましたが、

その通りで、

家には鍵が無かったのです。家においても意味がありません。

商人や大名が使うような今でいう銀行はあっても、庶民が使うようなものではありませんでした。家にも外にも置くところがなかったんです。

 

さらに補足するならば、

江戸は地震や火事で何度も家族や家が失われました。

それでも文化の中心地として前を向いていかなければいけませんでした。

そこで、宵越しの銭は持たずとも、お互いに支え合うことで、260年以上長く続いた日本の大都市”江戸”になれたわけだと思います。

 

日本人はやはり義理と人情の文化なんだなあと改めて感じました。

 

ではまた来年、よいお年を!